OnTrip JAL編集部(以下、JAL):バレエを始めたきっかけを教えてください。, 角山明日香(以下、角山):5歳のとき、母に親子向けのバレエ公演に連れていってもらったことがきっかけです。私は記憶がないのですが、そのときものすごくエキサイトして、観た直後から「バレエを習いたい」と言い出したとか。その後に観たのがロシア国立ボリショイバレエアカデミーの日本公演だったのですが、「ここに入りたい!」と言っていたそうです。, 小学生の時に、薄井憲二先生が主宰されていたロシアバレエインスティテュートに入り、ボリショイバレエアカデミーの先生方にバレエを教わり始めました。その頃はレッスンが週3回しかなかったのですが、先生からの「ダンサーを目指すならば毎日レッスンをした方が良い」というアドバイスのもと、紹介していただいた岸辺光代先生のバレエスタジオでもご指導をいただくようになりました。, バレエにはさまざまな流派がありますが、私はロシアのバレエが好き。ロシアのバレエは手の使い方など上半身の動きが美しく、ダイナミックな動きが多いんです。ボリショイ・バレエ団の映像は、VHSのビデオが本当に擦り切れるくらいに繰り返し見ました。13歳から念願のボリショイバレエアカデミーに留学しました。, JAL:憧れのロシアに渡ったんですね。でも、13歳で親元を離れて大変だったこともあったのでは。, 角山:寮生活だったのですが、子どもたちに危険がないようにという学校の配慮で、13歳のときは外出が30分だけと決められていたので日用品などの買い物が大変でした。親との連絡も今のように携帯電話やインターネットがあるわけではないので難しい。寮の共用電話は1週間に10分だけと決められていたのですが、10分なんてあっという間です。, 日本が恋しくて、送ってもらったドラマのビデオを日本人留学生たちと一緒に見るのが楽しみでした。でも、生活面で大変なことがあっても、毎日朝からレッスンがあり大好きなバレエをするには最高の環境だったので、今となってみればそれほど大変なことでもなかったと思います。, 角山:学校が休みのときは散歩をしたり、バレエを鑑賞したりしていましたよ。学校の生徒はバレエを無料で観られたので、本当によく劇場に行っていました。, 角山:ロシアではバレエは身近なもので、毎日のように劇場でバレエの公演が行われています。チケットもそこまで高くないので、デートでも映画館に行くような感覚で「ちょっと劇場に行こうか」と気軽に劇場に行きます。バレエに限らず音楽、美術など芸術が生活のそばにあるような印象を受けます。, 角山:いえ、お子さんの習い事や大人の趣味としてバレエが定着している日本とは違い、ロシアでバレエを習うとなると、基本はバレエ学校になります。バレエ学校はバレエダンサーを育成する専門学校のようなもの。入学するには、技術だけでなく体形なども含めた選考に残らなければなりません。とても高い倍率の中で選考されるという厳しさです。, 入学してからも8年間のレッスンでどんどん振り落とされ、残った子たちでもプロになるための国家試験に合格できるかできないか……というところです。ロシアではバレエダンサーは極めて専門性の高い職、日本における国家公務員のような待遇を受けています。, JAL:バレエダンサーになるための国家試験があるとは驚きました。バレエ文化がそれだけ大切にされているということなんでしょうね。, JAL:ボリショイバレエアカデミーで5年間学んだのち、ロシア国立モスクワクラシックバレエ団に入団。モスクワでの活動を経てウラジオストクに移られたそうですね。, 角山:はい。モスクワクラシックバレエ団で約10年活動したあと、その先生がウラジオストクにできたロシア国立プリモールスキーオペラ・バレエ劇場(現・ロシア国立マリインスキー劇場プリモールスキーステージ)に移籍するというので、スカウトしていただいて移りました。, ウラジオストクでは2013年から2016年まで活動しました。モスクワとウラジオストク、合わせて18年間ロシアにいたことになりますが、今思えばあっという間でした。, 角山:あくまで私が感じたことですが、ウラジオストクの人々は明るくオープン。中国人や韓国人の留学生、旅行客も多く、日本人もなじみやすいところだと思います。そして、おおらかな人が多い。個人商店では定休日ではないのに店主の都合で突然休業ということが珍しくないですし、電車やバスは時刻表がない場合もあり、来たら乗るという感覚(笑)。みんなそれをイライラすることもなく受け止めている雰囲気があります。, JAL:日本とは感覚が違っておもしろいですね。ウラジオストクならではの楽しみはありますか。, 角山:たまにカフェめぐりをしていました。ウラジオストクには内装が凝っているおしゃれでかわいいカフェがいっぱいあるんです。海も近いのでお散歩も楽しい。, 海に囲まれて育った日本人だからか、海がそばにあるというだけで心が楽になる感覚があります。ウラジオストク市街地の西側にあるスポーツ湾沿いは気持ちがよくてアイスクリームを食べながら歩くのにぴったり。スポーツ湾沿いにも素敵なカフェやレストランがありますよ。, 角山:海が近いということで、現地の人はよくホタテを食べています。私も漁師さんから直接買って家で料理をして食べていました。私の場合は焼いてしょうゆバター。現地の人も焼いて塩コショウ、ワインを合わせているようです。新鮮で身が大きくて本当においしいですよ。, ロシアの伝統料理、ボルシチもおすすめです。お店や家庭によって、隠し味が違ったり、使っているお肉の部位や野菜が違ったりして個性があります。, JAL:角山さんが実際によく行っていた、ウラジオストクでおすすめのお店はありますか。, 角山:お酒を飲むならバー「Moonshine(ムーンシャイン)」。カジュアルですが落ち着いた雰囲気で、さまざまな国から来た知識豊富なバーテンダーさんがいらっしゃるんです。, バレエ団のダンサーたちがよく集まっていたのは「Zuma(ズーマ)」。オリエンタルなインテリアの店内で、おいしいシーフードが楽しめる人気店。「Pazzo Coffee Lab(パッツォコーヒーラボ)」はカジュアルなイタリアン。若い女性に人気で、誕生日パーティなどはここで開くことが多かったです。, JAL:どの店もおいしそうです。ウラジオストクを旅行するなら、やはり夏がおすすめですか。, 角山:もちろん夏は過ごしやすいのですが、冬もおすすめです。寒いけれども雪景色がとてもきれいなんです。ヨーロッパ的な重厚な建築とモダンな建築が混ざっていて、雪景色が映えて美しいんですよ。, JAL:角山さんが活躍されていたマリインスキー劇場プリモールスキーステージも特徴ある建築ですね。正面が一面ガラス張りになっていて、海が望めて開放感があります。, 角山:ぜひ劇場にも足を運んでいただきたいです! バレエだけでなくオペラやオーケストラも楽しめます。観光客の方もチケットが気軽に取れますし、服装はジーンズ以外ならカジュアルでOK。もちろん、ちょっとドレスアップして開演を待つ間や幕間にシャンパンを飲んだりすると非日常的な気分に浸ることができます。, ダンサーの仕事は、みなさんに非日常をお届けすること。旅行そのものも非日常ですが、劇場はさらに違う世界に入っていただけると思います!, 角山:一般的な海外旅行同様、スリに気をつけることと、夜遅くに女性だけで出歩かないほうがいいということでしょうか。, 英語は、ウラジオストクは比較的話せる人が多いと思いますが、通じなくてもレストランでは英語のメニューがあるのでなんとかなります。先ほども言いましたように、おおらかなところがいいところ。あまりきっちりプランを立てず、余裕を持って楽しんでほしいと思います。, 角山:ツアーが1年に何回かあり、合計20カ国ほど行きました。アメリカは毎年行っていましたし、他にもイスラエル、インド、ベルギー、モロッコ、中国など、幅広くたくさんの国を回りました。, 角山:ハンガリーの野外劇場で「白鳥の湖」を踊ったのですが、ハンガリーの方は感動すると拍手だけでなく足を踏み鳴らすのだそうです。足踏みの振動で舞台が揺れるほどで、踊った私たちも感動しました。, JAL:それは嬉しい体験ですね。ツアーで各国を回っているときは、あまり観光する時間はなかったのでは?, 角山:時間はみつけるんです! 公演によって3日程度の短い滞在もあれば、1カ月に及ぶ長い滞在のときもあります。ドイツでは1カ月半で43公演あったこともあります。, 長い滞在のときは休演日がありますし、短期間でも舞台はだいたい夜7時からなので、早起きして出かけることもあります。イタリアでは往復5時間ほどかけてベネチアに行きました。計画的な観光ではないので珍道中ですが、それもいい思い出です。, 角山:ベルギーですね。ブリュッセルのグラン・プラスという広場を囲む建物が美しくて美しくて、ずっとそこに佇んでいたくなりました。ベルギーワッフルもおいしいし、フルーツビールもおいしくてたくさん飲みました。イスラエルの街も美しくてグッとくるものがありました。, JAL:やはり美を表現するバレエダンサーだけに、建物の美など美しいものに興味があるようですね。, 角山:そうですね。美術や音楽も含めて芸術全般に興味があります。特に絵が好きで各地の美術館にもよく行きます。プラド美術館(スペイン)なんて何回も行きました。中世から近代の人物画を見ると、首の角度などバレエの参考になり刺激になります。, 角山:ツアーで移動するときはだいたい寝ています。人によってお酒を飲んだりおしゃべりをしたりしてワイワイ過ごしていますが、私は休息の時間と捉えて静かに過ごしています(笑)。長時間座っていると足のむくみが気になるので、みなさんのご迷惑にならない範囲で時々座ったままストレッチをしています。, 角山:日本に来た友だちが喜ぶのは浅草。いかにも日本という雰囲気が楽しいようです。ディズニーランド、ディズニーシーも人気です。ふだん自分たちが非日常の世界を提供しているので、逆に自分たちが旅行するときは非日常を思い切り楽しみたいのかも。といっても、ショーはついダンサーとしての視点で見てしまいます。, 角山:もちろんお寿司と、あとはラーメンが大好きですね。お菓子も「かわいい」とおみやげに人気。特にデパートで売っているお菓子は一個一個、凝った包装がされていますよね。それがワクワクするようです。和菓子屋さんの金平糖もかわいらしいとよく買って帰っています。, JAL:確かに、日本にはかわいらしいお菓子が多いですね。最後に、今後の活動について教えてください。, 角山:大きい目標としては、18年間、ロシアで学んできたことを次の世代に伝えていきたいと思っています。国からの支援があるロシアと日本とではバレエのありかたがまったく違います。同じような環境を提供することは難しいけれども、ロシアから素晴らしい先生たちやダンサーを招待して少しでも本場の空気感を感じてもらえるように、プロになりたい子たちをできる限りサポートしていきたい。同時に、大人の方にもバレエの楽しさを知っていただけるように活動していきたいと考えています。, 近い目標としては、2020年2月8日、9日に東京文化会館で日本バレエ協会が2020年度都民芸術フェスティバルの参加公演として上演する「海賊」という作品のバレエ・ミストレスのひとりに選んでいただいたので、ダンサー、スタッフの皆さんと成功できるようにがんばっています。, バレエ・ミストレスはダンサーのサポート役。2018年もこの都民芸術フェスティバル公演のアリーエフ版「ライモンダ」のバレエ・ミストレスを務め、素晴らしい経験をし、とても勉強になりました。2020年はウクライナから演出家のヴィクトール・ヤレメンコ氏を招聘し、日本のトップダンサーが集結。「海賊」の世界を作り上げます。いろんな方に楽しんでいただける作品だと思いますので、ぜひご覧いただきたいです。, スタジオマーティhttps://www.studiomarty.co.jp/tokyo-mitakeio/, 都民芸術フェスティバルhttps://tomin-fes.com/list/ballet01.html, 5歳よりバレエを始める。岸辺光代に師事。1998年よりロシア国立ボリショイバレエアカデミーへ留学。2003年に同校を卒業後、同年9月よりロシア国立モスクワクラシックバレエ団へ入団。同団でさまざまなレパートリーを踊り、多数の海外公演へ参加。2013年退団後、ロシア国立プリモールスキーオペラ・バレエ劇場へ(現・ロシア国立マリインスキー劇場プリモールスキーステージ)入団。2014年ソリストへ昇格。同団で多数のソリストパートを踊る。2016年に同団を退団後、帰国し指導にあたる。2018年度都民芸術フェスティバル「ライモンダ」でバレエ・ミストレスを務める。, 現在、国際線・国内線の各運航にあたっては新型コロナウイルス肺炎の影響で一部運休・減便・時間変更を行っております。最新の情報は以下をご確認ください。 30代の給料:30万円(推定) ・コールド:200万円 バレエ(仏: ballet[1][2])は、西ヨーロッパで発生し広まった、歌詞・台詞を伴わない舞台舞踊。及びその作品を構成する個々のダンス。音楽伴奏・舞台芸術を伴いダンスによって表現する舞台である。物語性をもち、複数の幕をもつ舞踊劇が多い(「くるみ割り人形」「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「ドン・キホーテ」など)。しかし20世紀以降には物語性を否定する作品も生まれた。一方で短い小品でありながら優れた物語性をもつものもある(「瀕死の白鳥」など)。事前に振付家によってバレエ独特の所作を指定されたものを演じ、即興作品は少ない。振付の仕方を振付術(コレオグラフィー)という。, ルネッサンス期のイタリアに起源を発する。当時、宮廷では余興として詩の朗読、演劇などが演じられていたが、その一部としてバロ(Ballo)と呼ばれるダンスが生まれた。宮廷の広間で貴族たちが歩きながら床に図形を描いていくもので、それをバルコニーから眺めるのが当時の楽しみ方であった。, 1463年、グリエルモ・エブレオ『舞踏芸術論』のなかでBallettoという語が初めて用いられている。, 1496年にはレオナルド・ダ・ヴィンチが衣裳と装置を担当した「楽園」が初演された。, 16世紀、ジョヴァンニ・ジャコモ・ガストルディにより世俗合唱曲が流行すると、その歌に踊りを加えたバレット(Balletto)が生まれ、やがてバレッティ(Balletti)と呼ばれるようになった。, ドメニコ・ダ・ピアチェンツァ(ドイツ語版)など舞曲の作曲家や、ドメニコ・ダ・フェッラーラ(フェラーラ侯レオネルロ・デステ(ポーランド語版)に仕えた)などの舞踏教師が登場し、イタリアの貴族が盛んに舞踏会を開催したことが分かる。, 1533年、イタリア、フィレンツェのメディチ家からフランス王室に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスによりバレッティ(Balletti)がフランスにもたらされ、バレ(Ballet)と呼ばれた。, 1573年「ポーランド人のバレエ」(演出・振付:バルタザール・ド・ボージョワイユー)が初めてバレ(Ballet)と称している。, 1581年の「王妃のバレエ・コミック(英語版)」(演出・振付:バルタザール・ド・ボージョワイユー)は、完全に記録に残っている最初のバレエ作品である。これらを皮切りに、バレエは宮廷において盛んに踊られるようになり、16世紀末から17世紀初頭の20年間で約800のバレエが上演されたと言われる。, 1643年、ルイ14世が5歳でフランス国王に即位した際には、数時間にも及ぶ豪華絢爛なバレエが催され、ルイ14世自らが出演した。ルイ14世はバレエに熱中し、1653年15歳の時に『夜のバレエ』のアポローン役で本格的に舞台デビュー。よりバレエの質を上げようと、1661年に王立舞踏アカデミー(英語版、フランス語版)を創立した。ルイ14世の舞踏教師ピエール・ボーシャンによってポジションが定められ、舞踏符が確立されるなど、バレエがダンスとして体系づけられたのもこの頃である。, 1670年にルイ14世が舞台から引退すると、バレエは宮廷から劇場に移り、職業ダンサーのダンスに変化していった。, 1681年、『愛の勝利』で最初の女性ダンサー、ラ・フォンテーヌが劇場に登場し、18世紀に入るとマリー・カマルゴ、マリー・サレなど女性職業ダンサーが続々とオペラ座からデビュー。宮廷バレエでは男性ダンサーが中心だったが、1726年、マリー・カマルゴが足先の見える衣装と踵を取り去った靴を用いて、男性のみの技法であった跳躍をし、女性ダンサーが人気を博するようになった。, 1700年に最初のバレエ教本、ラウール=オージェ・フイエ による『舞踊術、あるいは記号、絵、記号による舞踊記述法』が出版され、1713年にはオペラ座にバレエ学校が創設されるなど、バレエ教育が確立。バレエの技法も複雑化していった。, 1760年、ジャン=ジョルジュ・ノヴェールが『舞踊とバレエについての手紙』にてバレ・ダクシオン(ballet d'action)を提唱した。これにより、バレエはオペラから独立し、台詞のない身振り(ミーム)による舞台演劇として確立した。, 18世紀後半にフランス革命が起こると、伝統や権威に反発し自由で神秘的なものを重んじるロマン主義がヨーロッパを席巻し、ロマンティック・バレエ(ロマン主義に基づくバレエ)が誕生した。「ラ・シルフィード」「ジゼル」に代表され、妖精や悪魔が登場する幻想的なもの、エキゾチックな異国趣味のものが多い。くるぶし丈のふんわりとしたチュチュを着た女性ダンサーの、ポワント(つま先立ち)の技法による軽やかな動きが特徴。ロマンティック・バレエで用いられるチュチュは、特にロマンティック・チュチュと呼ばれる。, ロマンティック・バレエは現在踊られているバレエの中で最も古い形式のものであり、ロマンティック・バレエによりバレエは現在のものとほぼ同じものに完成した。バレエ・ダクシオンの提唱もあり、後に誕生するクラシック・バレエよりも、踊りによってストーリーを表現する演劇としての要素は強い。, エドガー・ドガがバレエダンサーを描いていた頃、バレエダンサーは現在と違い地位の低い人が身を立てるためにやっていたため、バレエダンサーは蔑まれていた。主役以外のダンサーは薄給で生活しており、パトロン無しでは生活するのが困難だったとされる。パトロン達は当然男性が多く、女性ダンサーを娼婦の如く扱っていたと言われる。かくして、フランスのバレエ界から男性ダンサーはいなくなり、フランスのバレエは低俗化することになる。, 1832年「ラ・シルフィード」でマリー・タリオーニが本格的にポワントで踊り、オペラ座で大成功をおさめた。この作品によりロマンティック・バレエが確立されたと言われる。ヨーロッパ中で人気を博すも、フランスのバレエの低俗化と、ロマン主義の衰退と共にロマンティック・バレエは衰退し、1870年の「コッペリア」などを最後にフランスではバレエそのものが演じられないようになる。, ロシアではフランスの宮廷バレエが伝わり、1730年頃にはフランスのジャン=バティスト・ランデ(英語版)によりサンクトペテルブルクにバレエ学校が創立された。フランスでロマン主義が衰退した19世紀後半、後進国であるロシアではロマンティック・バレエが踊り続けられており、その後独自の発展をした。ドラマ主体のロマンティック・バレエに、物語とは無関係のダンスシーンを取り入れたことから、クラシック・バレエ(古典主義のバレエ)と言う。, クラシック・バレエでは技法はどんどん複雑になり、動きやすいように丈の短いチュチュが考案された。これをクラシック・チュチュと呼ぶ。ロマンティック・バレエでは1回回るのがやっとだったが、32回のフェッテ(連続回転)まで演じられるようになった。2人で踊るグラン・パ・ド・ドゥなどの様式も成立。ダンス(ディヴェルティスマン)とマイムが分離されて演じられるようになり、現在のバレエの構成が完成した。, 1888年、サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場の監督であるウセヴィロジュスキーは、フランスから招いた振付家マリウス・プティパの振付けのもと、ピョートル・チャイコフスキーに「眠れる森の美女」の作曲を依頼した。この作品が1890年に上演、大成功をおさめると、続いて「くるみ割り人形」(1892年、振付:レフ・イワノフ、台本:マリウス・プティパ)、「白鳥の湖」(1895年、振付:レフ・イワノフ、マリウス・プティパ)が上演された。これらは3大バレエと呼ばれる。チャイコフイスキーの3大バレエであると同時に(彼はこの3つしかバレエ音楽を書いていないが)、上演・演奏人気において、すべてのバレエにおける3大バレエでもある。, マリウス・プティパにより確立されたクラシック・バレエだが、その古典的な世界に不満を持つ者もいた。その1人、ミハイル・フォーキンはイサドラ・ダンカン(モダン・ダンスの祖)に衝撃を受け、クラシック・バレエにない新しいステップや民族舞踊を採り入れた、革新的な振付をした。そのモダン・ダンスの要素を取り込んだバレエをモダン・バレエと言う。, ミハイル・フォーキンはセルゲイ・ディアギレフに見出され、1907年にバレエ発祥の地・パリで公演を行い、バレエ・ブームを巻き起こした。アンナ・パヴロワ、ヴァーツラフ・ニジンスキー、タマーラ・カルサヴィナなどのダンサーたちが大人気となり、セルゲイ・ディアギレフはバレエ・リュスを結成する。, 1912年のバレエ・リュスの公演で、ヴァーツラフ・ニジンスキーが「牧神の午後」で振付家としてデビューすると、モダン・バレエは決定的な革新を迎える。これまでの美しいバレエとは異なる、独自の表現は非常に衝撃を与え、イーゴリ・ストラヴィンスキー作曲の「春の祭典」では警官が介入するほど論議の的となった。, モダン・バレエが確立してからも、ドラマティック・バレエ、アブストラクト・バレエなどの革新的なバレエが誕生している。これらのバレエは、モダン・ダンス、ポスト・モダンダンス、コンテンポラリー・ダンス、コンタクト・インプロヴィゼーションなどのダンスに含まれることもあり、曖昧である。20世紀以降はそれらの現代的なバレエと古典的なバレエが踊られている。現代的なバレエの振付家としては、モーリス・ベジャールやローラン・プティ、ウィリアム・フォーサイス、イリ・キリアンがいる。またフィギュアスケートの動きはバレエの影響を強く受けており、フィギュアスケートの選手はバレエの訓練も受けることが多い。さらにバレエの影響はフィギュアスケートにとどまらず、新体操やアーティスティックスイミングの選手もバレエの訓練を受けることがある。また、宝塚音楽学校をはじめとして、舞台俳優を養成する組織ではバレエの基礎は必修に近い扱いを受けている。, バレエはフランスで発達したため、バレエの振付用語は基本的にはフランス語である。近代バレエの特徴は爪先立ちを多用することにある。これをポワント(fr.   All rights reserved. 1,主役(最上位) そんな時代に、ロシア人を中心にしたバレエ団バレエ・リュス(1909-1929年)はパリを中心に好評を博し、世界中で巡業し、当時西欧で斜陽化していたバレエ文化を再興した。このバレエ団は、クラシック・バレエにない新しいステップや民族舞踊を採り入れた革新的な振付で、モダン・バレエを生み出した。 ・プリンシパル/エトワール/プリマ 日本国内にもバレエ団はいくつもありますが、バレエだけでは食べていくのは厳しいのが現状です。日本国内で月給制のバレエ団は非常に少なく、1公演当たりの出演料(1.5万円~5万円)を支払う形をとっているところがほとんどです。有名バレエ団でもチケットノルマがあるところもあり、赤字となってしまうこともあるようです。新国立劇場とKバレエカンパニーは所属するバレリーナたちに月給を支払っているという話もありました。初任給は15~20万円前後で、主役クラスになるとアップします。新国立劇場でも準主役クラスのソリストで年収300万円~360万円という話なので、あまり年収が高いとはいえません。また、退団後の年金などもありません。, バレリーナにはピラミッド型の階級があります。国やバレエ団によって呼び名は異なりますが、概ね下記のように決まっています。 pointe)または英語のトー(トウ)(en. 12万円~24万円となりそうです。, バレリーナは、クラシックバレエを踊るのが仕事です。バレエダンサーとも呼ばれます。チュチュと呼ばれる衣装を着て、爪先部分の堅いトウシューズを履いて踊ります。バレリーナはバレエ団に所属し劇場で演目を踊ったり、講師として子供や若手にレッスンをしたりする人もいます。フリーランスのバレリーナとして、オファーがあった時のみに踊る人もいるそうです。バレエの演目は物語性を持ち、複数の幕を持つ舞踏劇が多く、「くるみ割り人形」「ジゼル」「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「ドン・キホーテ」などの演目が有名です。 趣味好きな女 ロシアでは、バレエ公演が無くても固定給で、ダンサー寿命が短いのでバレエ年金が35歳から支給され、バレエ公演の入場料は日本の10分の1で、バレエ専用劇場では、ダンサーの足元が見られるように舞台床が客席に向かって斜めになっている。

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